+二月二日T

―休息― ・いきぬき・



 


先日から色々あったせいか、久しぶりの休みが心地よく感じる。
朝もいつもの時間、コーヒーとトーストというシンプルだがまともに朝御飯を食べられた。


―――が。
アホ騎士は相変わらず怒っているのやら、拗ねているのやら。
結局の所、俺の幾度の呼びかけに応答しなかった。  


そしてユキは昨日の事を悩んでいるのか、気に病んでいるのか。
朝御飯の時も口数が少なかった。  


「……やれやれ。おい、ジークフリート。霊魂の使い方を教えるんじゃなかったのか」
『黙ってろ、と言ったはずだ』
「何をそんなに怒ってる。昨日の判断ミスはお互い様だろ。俺は突っ込みすぎた、お前は情報の伝え漏れがあった、それでお互い様だ」
『……俺を責めないのか、貴様は?』


責める必要は無い。
なぜならジークフリートがいくら情報や経験則を伝えようと、
俺自身が体験しないとそれを実際に使うことは出来ないからだ。  


「責めない、責める必要も無い。まだ付き合って数日だけど、お前が面倒くさがりで横暴な奴ってのは知ってる。別に今からでもまだ挽回出来るだろ、命はまだある」
『そうか、すまないな』
「お前が王だったら、失敗した奴を責めたのか? 伝わってる話じゃ、若いワリにはいい王だったらしいじゃないか」
『俺は―――そんな王だったな。忘れていた―――何を焦っていたのか、わからない。礼を言うぞ、クズハ。……俺に聞きたい事があれば、答える』


あぁ、ジークフリートはただ不器用なだけの人物だったのだとこの時思った。
小さい頃から何かと比べられても、王子という身分であり、容姿端麗や英才教育により彼の右に出るものは居なかった。
だからこそ、誰かに何かを指摘されたりすることは無かったのかもしれない。  


「急がずに、考えておくよ。あっ……フォルケールって誰だ?」
「フォルケールか。どこかで聞いた覚えはあるが、俺と直接的な面識は無いだろうな。
恐らく、あれほどの使い手。そして本当にお前の言うヴォルフメルダーとやらを持っているということは、ブルグンドの戦士のはずだ。噂は聞いたことがある」
「ブルグンドっていうと、クリームヒルトが居た国だよな……じゃあ、それなりの猛者ってことか」  


ニーベルンゲンの指環という神話によるとブルグンドとは、
最大の戦力を誇っていたデンマークの次に強かった国で、ブルグンドの次にネーデルランド。
戦力的にはデンマークの方が強かったのだが、個々の戦力ではブルグンドが一番強かったという噂。  


俺が知っている名前は―――  


グンター王、  


重臣ハーゲン、  


ゲールノート、  


オルトウィーン、  


ギーゼルヘル  


―――って人物。  


皆、猛者だった、剣や槍、様々な武器の使い手が集まっていたブルグンドが強かったのはなんとなく納得できる。


「そうだ。フォルケールについては、ユキノとクリームヒルトに聞くとしよう。それで、これは肝心な話なんだが……霊魂の使い方についてだ」
「あーなんか、使い方とかあるっぽいな。……とりあえず、教えてくれ」
「霊魂が憑依する事、これを“トランス”と呼ぶ。トランスは全ての戦いが終わるまで、合計で四回使える」
「四回って……また中途半端な数字だな」  


それだったらせめて三回か五回にしてくれないのだろうか。
トランス、か。トランスとは同調という意味というのは聞いた。
トランサーというのは転生させるもの、という意味か。


「まぁ、話は最後まで聞け。四回というのは、実際三回まででな。四回全て使い終わると、霊魂は完全に鎖で縛られる。そうなってしまえば、会話のみ。グラムを具現化することも出来なくなる。つまり……戦う権利を失うということだ。ま、実際のところ、四回目を使った者はいない……が」
「なるほど。それで四回って事ね……四回目は限界を超えているってワケか」
「それでトランスの方法は、お前が念じた場合、俺が許可する。俺が念じた場合、お前が許可する。そして……お前が意識を失った場合、俺の意思でトランスすることも出来る。俺の経験や能力が使えない時では、相手がトランスしたら自分もトランスする。そうすれば、とりあえず打ちわたることは出来るだろう」
「あ、そっか。俺は昨日気を失わなかったから、ジークフリートも出てこれなかったんだ。他に注意事項とか、無いのか?」


昨日は意識が無くなるまで傷を負っていた訳じゃないし、仕方なかったのか。
しかし……ジークフリートがまともに話してくれるとは思ってなかったから、意外だ。
自分なりに反省してくれたんだろう、これからもっと素直になってくれると助かる。  


「特に無しだ。それよりも、怪我の方はどうだ」
「あ、あぁ……特に痛みはしないんだ、変だな……」  


包帯を巻いた傷、左腕、左脇腹、左足。
全てが痛みを感じなくなっていた。
出血が無かったし、出血があったとしても凍っていたからそこまで体力は奪われなかったのだろうか。  


「それこそが全てのトランサーが有する能力、治癒能力だ。人間が元々持つ治癒能力を、数倍……否、数十倍にまで強化されている。睡眠をとれば、その程度の傷はいくらでも治るハズ」
「ホントだ―――治ってる……。ていうか、もう普通の人間じゃないじゃんか。運動能力もオリンピックで全種目金メダル取れそうなくらいの運動量だぞ?」
「トランサーに選ばれた副産物。ありがたく頂戴しておけ、それも一時的なものだからな」


選ばれたくなかったんだけどな。


「―――俺としては複雑なんだが、諦めるよ。……なぁ、ジークフリート」
「どうした?」
「フォルケールの事、ユキが元気になったらでいいかな?」
「俺は構わんぞ。そして、今後俺の事はジークと呼んでくれて構わない。
どう呼ぶかは勝手だが、フルネームで呼ばれるのはどうも堅苦しい」  


あぁ、そういえばそうだった。
ずっとアホ騎士だとか、お前、ジークフリートと呼んでいたっけ。
この時俺は、自分も傍若無人な態度だったと少し反省をする。


「そっか、ありがとう。とりあえず、ユキの事気になるから見てくるよ」
「あぁ、俺は黙っているから用があったら話しかけろ」


怪我の事を気にしていたから、自分を責めているのだろう。
挨拶に覇気は無かったし、いつもなら朝から俺を怒鳴るのに何も怒らなかった。  


「ユキ」
「ん……」
「怪我はもう大丈夫だ」
「うん、クリームヒルトから話は聞いた。気分とか悪くない?」  


俺の心配より、自分の心配をして欲しい。
人に悪くないか、と言える顔色をしていないだろ。


「あぁ。それで、今日は暇か?」
「そっか。暇だけど、どこか出かけるの?」
「いや……お前を連れてどっか行こうかなって。久しぶりに四人で遊ぼうぜ。鏡華と隼も呼んで、さ」  


昔は、俺を含め幼馴染三人。そして俺の妹も頻繁に混じって遊んでいた。
隼にも鏡華にも親しいし、凄く久しぶりに遊ぶのも良いかもしれないと思ったからだ。
まぁ、まだ連絡もついていないからどうなるかわからない。  


「そういえば、ずっと遊んでないね。最後に遊んだのって五年位前かな?」
「ん、多分な。行く気になったか?」
「うん! ありがと、お兄ちゃん」  


単純と言えば単純だが、それで元気になってくれるなら俺は構わないと思っている。
何よりもその悲しい表情が、俺にとっても辛いから。
その手は血に汚しちゃいけない、その心は闇に飲まれてはいけない。
汚れるのも、闇に染まるのも俺だけでいい。  


お前は―――ずっと普通の女の子で居て欲しい。


***
「―――おはようございます。柳様」  


数分で準備を済ませ、鏡華の家にやってきた。
しかし、何度来てもでかい家だ。  


毎日門の所に決まって黒いスーツの男性が立っている。
名前は知っている。“二階堂 一誠”さん。
そう、躑躅森大智の実の父親。


「おはよう、二階堂さん。えっと鏡華、居る?」
「おはようございます」  


相手が敬語を使ってるのに、自分が敬語を使わないというのも今思えば不思議な話だ。
けど、既に慣れてしまった以上……今更治るのは難しいか。  


「えぇ、玄関の所に“妙”がいますので、お手数ですがもう一度お聞きください」
「うん、わかった」


俺はそう言って、長い石畳の上を歩く。
広さはどれくらいだろうか、五百坪は軽いだろうな。  


「あっ、クーちゃんとユキちゃん! 久しぶりね」
「お久しぶりです」  


笑顔でこっちに手を振ったホウキを持った女性。
この人は向井 妙さん。
俺達がまだ小さい頃、妙さんは家庭の事情で働く事を余儀なくされ、見習いとして仙道家へやってきた。  


小さい頃の俺達からはお姉さんのような存在で、未だにお姉さんのような存在。
ちなみにクーちゃんというのは俺の愛称である。その名前で呼ぶのはいい加減勘弁して欲しいんだが……。


「そうよー、すっごく久しぶりなんだから。最近どうしてたの? ちゃんと元気にやってた?」
「相変わらずですね、妙さん。なんとか元気でやってますよ」  


俺は談笑をしていて気付いた。 もう二十代後半だというのに、十代に見えそうなくらいの童顔、低身長。
これで彼氏が一人も居ないっていうのは、どうなっているんだろう。 俺的には結構可愛いと思うのに、おかしい。  


これも余談ではあるが、昔の俺は妙さんに恋しかけたこともあった。
ただの憧れだったかもしれないけど。


「妙さんもお元気でしたか?」
「大丈夫よぉ。おっと、そろそろお嬢様を呼んでくるわね」
「あっ、はい、お願いします」  


この仙道家、舞踊の由緒正しい家である。
何が凄い財力を誇るか、というと……鏡華の父親が、外国で輸入業の会社を展開しているそうだ。
その父親は若い頃からエリートで、事業も早くに成功させ、この家に婿養子として迎え入れられた。
それが仙道家がお金持ち、という謂れだろう。
元々資産家の家だっただろうに、それに財力が加わると弱点のないブルジョワーな家になってしまうのだ。


「……妙さん、相変わらずだなぁ」
「だね。私も昔からよく面倒見てもらってたよね」
「あー、あったあった。俺達四人でかくれんぼしてた時だったか……ユキが鬼になって、小一時間隠れた俺達を一人も見つけられなかったよな。そしたらお前、また泣き出して……そりゃもう、大声で。世界の震源地なんじゃないかっていうくらいな」
「もう! いつまでの人の恥ずかしい話覚えてないでよね!」  


ここで話は本人に中断されてしまったが、大声で泣くユキと一緒に俺達三人を見つけてくれた。
いつも誰かが泣いた時、いち早く駆けつけてくれるのは妙さんだ。
今の俺は……結構いい人と巡り会えたのだろう、と思っている。  


「―――あら、クズハとユキ。どしたの? 珍しいわね、二人揃ってウチに来るなんて」
「おはよう、鏡華さん」  


ちょっと物思いにふけっていると、鏡華はすぐそこにいた。
ユキがいち早く気付き、挨拶をかわす。


「あぁ、久しぶりに皆で遊ぼうと思ってな。鏡華を誘いに来たんだ」
「遊ぶって―――アンタ、頭でも打った?」  


酷い言われようだ。
折角一男子高校生が、中学生の妹を元気付ける為に来たというのに。  


「ば、バカ野郎。遊ぶつっても、どこか行こうとか思っただけだよ。最近ちょっと、荒んだ事ばっかり起きてたから気分転換に。鏡華も……疲れた顔してたぞ、昨日」
「―――まったく……お人好しも程ほどにしないよね! 準備してくるから、隼に連絡つけときなさい!」
「へいへい」


鏡華は捻くれている。
いつもいつも捻くれていて、たまに素直な一面を見せてくれる。
それを知っているだけに、今の鏡華はきっと嬉しかったのかもしれない。
鏡華もトランサーで、そんな人を殺せ、戦えなどという残酷な使命にきっと疲れていると思ったから。
俺の予想というか、カンは外れては無かったらしい。  


次に俺がしたのは、隼への電話。
現在かけているのは二回目になるが―――


「―――もしもし?」
「お、隼。元気だったか、最近学校にも来てないみたいじゃないか」
「そうだな。学校には行ってないけど、今日は元気だぞ。それで、どうした、何か用?」
「今鏡華の家に居るんだ、ユキも一緒に。隼も一緒にどうかなって。ちょっとユキも鏡華もココん所元気ないみたいで、気分転換させようと思うんだ」  


それを言うと、隼はすぐに了承してくれた。
隼は『すぐに準備して向かう』と言って、電話を切る。
さぁ、久しぶりに四人で集まって出かけよう。


***
「―――悪い悪い、遅くなったよ」  


俺達の前に現れたのは、確かにいつもの隼。  


「遅い! それに、学校を休み続けていいのかしら、優等生?」  


早速鏡華もいつもの嫌味を言うが、慣れてしまった以上隼には通用しない。
ユキも挨拶をして、俺は軽く挨拶をした。


「ま、隼も色々あったんだろ。それで、どこに行くんだ?」
「あっ、そういえば決めてないよね」  


俺がそういうと、ユキが切り返してくれた。そして気付かされた。
行き先を全く決めていないことに。そりゃあもう、候補も何も決めていない。
決めていないのに発案したのか、俺は……。


「あら、買い物に行くんじゃなかったの?」  


どうやら鏡華は買い物に行くつもりだったらしい。
……まぁ、それでいいか、と俺たち三人が妥協したのは言うまでも無い。
なぜ? 逆らうと殺されかねないからだ。


―――という経緯から、買い物へ。


もう公園で鬼ごっこという年ではないが、突発的に決まる可能性も充分にありえる。
問題児の鏡華と子供っぽいユキがいるからである。


何を買うかは知らないが、特に予定もないし……ユキも鏡華も楽しそうだ。
そして隼も、来た頃より楽しそうだった。
かくいう俺も少し疲れていたのか、癒されているのが身にしみる。


「……で結局こうなる訳か」


腕を組んだ隼が壁にもたれてつぶやく。


「もう慣れたよ、あの二人に振り回されるのは、な」


と俺が返す。
二人は楽しそうに服を見ている。女性用の服屋だけに、聖地からはじき出されたような俺達はただ待つしかなかった。


「最近―――雪乃、元気になったな」
「あぁ……これも皆のおかげだよ。ありがとうな」
「なっ、何言ってんだ。お、俺は当然の事をしてるだけでだな、そもそもお前の妹だからで―――」


なにやら両手をあたふたさせて、パニック状態に陥る隼。
それを見ているのが楽しかった。こうやって残酷な運命に巻き込まれても尚、俺は柔らかい時の中に居るのだから。


「ははははっ、わかってるよ。俺の妹でも、お前にとってユキは、友達だろ?」
「そうだ……な。友達以上だよ、確実に」
「―――そうか」


友達以上。友達を大切にする隼が言うのだから、友達以上に大切にしてくれるという意味なのだろう。
それを聞いて本当に安心した。いい奴に恵まれた、と。


「ところで九頭葉。さっきからウロウロしてるあの子は何をやってると思う?」


隼が指差した方向を見れば、女の子というより少女がデパートの中央でウロウロ。
あっちを見てはこっちを見て、そっちを見ては、また違う方を。


「さぁ? 迷子じゃないの?」
「迷子にしては、楽しそうだな」


確かにそうだ。迷子なら、不安がって泣きじゃくってもおかしくない。
だが、その子は笑っている。くるくる回ると、腰元までありそうな髪が棚引く。
ハーフか何かだろうか、日本人なら不自然なほど髪が輝いている。


「……楽しそうだな」


相槌を打つが、その少女に目を奪われていた。
目に映る全てが新鮮だ、と言わんばかりにあちこちを見渡している少女。


「―――あ」


目が合った。それもそのはず、一秒も俺は目を離さなかったからだ。
思わず声が上がったが、その少女は笑って手を振る。


「モテない九頭葉も、小さい女の子にはモテるみたいだな。よかったな〜?」
「うるせ! モテる奴はこれだから困る」


隼の嫌味で、視線をそらして反論。
スポーツ万能、頭脳明晰、容姿端麗の隼に、凡人たる俺が勝てるはずが無かろう。
こんなにモテるのに、コイツが色恋沙汰がどうって話は聞いた例がない。


「ほら見ろ、お前のせいであの子見失っただろうが」
「なんで俺のせいになる。責任転嫁はほどほどになー」
「ぐぬ……」


視線を戻すと、そこに少女の姿は無かった。 だが、これは一時的な別れであり、再会の時はすぐそこに控えている。


驚愕の事実と、残酷な運命をまた痛感させられることになる―――
 


 


 


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